息子は、積極的不登校をしました。もっと早く積極的不登校をすればよかったと後悔しています。

中学3年生の11月で、学校に通うのをやめました。でも、名刺に、放送大学卒業(予定)、日商簿記2級合格、そろばん◯段、基本情報技術者(予定)、第二種電気工事士(予定)、〇〇技能検定1級(予定)と載せられそうです。

息子が中学3年生の夏休みに、高校見学を7校もしました。内申点が悪くて、どこの高校にしたらいいのか悩みました。

ちょうどその頃、私の賃貸物件のリフォームをしている職人さんに「弟子をとったりしていますか」と質問をしました。めずらしく腕のいい職人さんでした。そんな人が、私の息子なら弟子にしてもいいと言ってくれました。このことを娘に話したら、「このチャンスを逃してはダメだよ。弟子入りをするんだったら、高校に行かないで弟子入りをしたほうがいいよ。…高校に行かないんだったら、中学に行く必要もないよね。不登校でも中卒になれるし、学歴はいつでも取れるから…」と納得する説明をしてくれました。

息子は、中学3年生の11月に学校を休んで、私の賃貸物件のリフォームを手伝ってくれました。職人が向いていそうなので、中学に通うのをやめる決心をして、大原簿記専門学校の講座を申し込みました。

私の賃貸物件を相続して、大家業(不動産賃貸業)をするのだったら、絶対に簿記の知識は必要です。職人として独立した時も、収入を税務署に申告をしなくてはいけないので、そこでも簿記の知識は必要ですから、さっさと簿記の勉強をさせることにしました。

担任の先生に電話で、「学校に通うのをやめます。…来年の4月から内装職人に弟子入りしますから、高校受験はしません。…これから大原簿記専門学校に通って簿記3級の勉強します。…そろばんの師範にもなれるように、そろばん1級も目指します。」と報告しました。

12月に個人面談があったので、息子と一緒に担任の先生に会いました。担任の先生には「こんな珍しいケースは初めてです。」と言われただけでした。

中学3年生の2月には日商簿記3級に合格しました。卒業証書は、担任の先生から電話がかかってきて、息子が職員室まで取りに行きました。

中学生を雇用したり、労働をさせる事は法律上禁止されているので、高校1年生の年齢になってから、内装職人の見習いになりました。しかし、親方(職人さん)は若くないので体力がなくて、仕事は1日3〜6時間でした。それで、家でゆっくりと、そろばん練習と簿記の勉強ができました。不登校になって、半年で、そろばんは○段まで合格し、1年後には日商簿記2級に合格しました。家で1日5時間以上、ネット小説を読むようになり、急に難しい文章が読めるようになりました。3年で5000時間以上、読書をしました。(5時間× 365日× 3年≒5000時間)

家は勉強できる環境ですけれど、中学校は、落ち着いて勉強する環境ではありませんでした。

息子が中学生の頃は、中学校が荒れていて、教室の後ろの方で、クラスメートの何人かは、授業中にプロレスごっこ(いじめ)をしていました。息子の隣に座っている人が、授業中に話しかけたり、腕を叩いてきたり、息子は授業妨害をされました。息子はいじめられっ子ではなかったけれど、知らない人にモップで顔をふかれたり、クラスメートに体を触られたりしました。やられたら泣き寝入りせずに、必ず相手の足を蹴飛ばしました。何もしないでいると、いじめられっ子になりますし、殴ると先生から親に連絡が行くので、殴ることはしませんでした。

息子の中学の定期テストの成績は、国語20点以下、英語50点以下、社会70点台、理科90点以上、数学90点以上でした。

理科の定期テストには必ず感想文がありました。感想文がなかったら満点でした。「眠たかった」「つまらなかった」などと書いたせいで、通知表は「3」にされました。「〇〇が面白かった」「〇〇が楽しかった」と書けば、通知表は「5」だったかもしれません。中学3年生の12月に理科検定3級を受けてみたら、楽に合格しました。

先生に対してゴマすりの上手な子が、高い内申点を取ります。娘(第1子)の答案用紙を見て「本当にこんなことを思っているの?」と聞いたら、「思ってるわけないじゃん。こう書かないと、内申書が悪くなる。」などと娘は言っていました。先生をおだてる内容だったので、通知表は「5」でした。

息子は、内申書のために嘘を書く気になれなくて、内申点が悪くなってしまいました。

公立の学校の先生は、教えるのが下手でも失業することはありません。「内申書」という人質があるので、かなりひどいことがあった時でも、生徒や保護者から文句を言われることは、めったにありませんでした。

うちの娘たち(第1子と第2子)は、教科書を1冊50分で読むことができるので、先生に教えてもらわなくても、良い成績が取れました。

息子(第3子)は、教科書をスラスラ読めませんでした。教育系YouTubeを見てから、問題文と答えをセットで覚える作業をさせました。解答を見ながら問題集に答えを書き写す作業をすると、自然と答えを覚えて、いい成績が取れるようになりました。

息子の社会と理科と数学のテストの点数が良かったのは、YouTubeのおかげでした。英語は勉強時間が足りなくて、いい点数を取れませんでした。国語は、学校の勉強だけなので、ひどい点数でした。それに、国語と英語の授業中は、眠くて起きていられなくて、通知表は「1」か「2」でした。

内申書が悪いと偏差値の低い高校にしか行けません。偏差値45以下は、教育困難校だと言われています。

偏差値41の工業高校に見学に行ったら、そこは軍隊でした。先生が生徒の教育を諦めていませんでした。しかし、工業高校の先生に「うちの高校では、息子さんには合いません。息子さんでは苦労します。」と言われてしまいました。ショックでしたけれど、本当のことを教えてくれる良い先生だと思いました。

近所の商業高校では、日商簿記3級に、1年1組は全員不合格で、1年2組はほとんどが合格だったそうです。1年2組の先生に教えてもらえれば合格できますけれど、1年1組の先生だったら不合格になるので、近所の商業高校に入学するのはギャンブルだと思いました。

大原簿記専門学校の先生たちは、教え方を研究していて、うちの子供たちは、楽に日商簿記2級まで合格できました。

簿記初学者が2級を目指す場合は350〜500時間かかります。

息子(第3子)は、国語のテストが20点以下なので、積極的不登校で十分な時間がなければ、簿記2級には合格しなかったかもしれません。簿記2級に一度落ちたので、勉強に1年かかりました。

長女(第1子)は会社で働きながら、次女(第2子)は高校に通いながら、簿記3級を3ヶ月、簿記2級を3ヶ月、合計6ヶ月で簿記2級まで合格しました。簿記の勉強のために、2人とも遊び時間と睡眠時間を削りました。

 

去年、ウッドショックがあり、さらに親方(職人さん)が家の都合で引っ越したので、息子は、一時期、職人の見習いを休むことにしました。今はセブンイレブンでアルバイトをしながら、放送大学の勉強をしています。1年勉強したので、放送大学の卒業単位は残りわずかです。

最近では、刑法、不動産学、プログラミングの教科書をスラスラ読んでいます。5年前の息子では絶対に読めませんでした。5年で息子が変わりました。

息子は、セブンイレブンでアルバイトするようになってから、急に態度が立派になりました。セブンイレブンの接客の教育はすごいです。接客は、学校では教えてもらえないことですが、世の中に出たら絶対に必要なことだと思いました。

息子は、これから職業訓練校に通って、つぶしのきく職人になれるように勉強します。それから会社に就職して、その会社のノウハウを習得してから、独立する予定です。

 

息子は不登校になって良かったと思います。

三流高校に入学したら、授業をぼけっと聞いて、まわりの雰囲気にのまれてダラダラ過ごしたかもしれませ。就職できても、勉強をする習慣がなくなると、30〜40歳代でフリーターになったかもしれません。

Fラン大学に入学したら、7年間(高校3年+大学4年)も、ぼんやりと過ごすことになるので、ニートやフリーターになったかもしれません。

文部科学省が10年前からホームスクールを認めてくれるようになりましたけれど、もっと早く知っていたら、もっと早く息子を積極的不登校にしました。

----つづく----